Aおばさんの徒然ペダル日記

自転車を中心に日々の徒然を綴っていきます。

石巻市

石巻市

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JR石巻駅 構内 こんな人たちが出迎える。

 

志津川から石巻市へ向かう。BRT気仙沼線の終着駅は前谷地。ここでJR石巻線「女川」ゆきに乗り換える。ただ、接続が悪かったため、この駅で1時間強待つ事となった。

 

ーいいの、いいの1時間くらい。デリー空港で17時間も待った事に比べれば。

 

前谷地周辺は特にめぼしい観光地も店もなく、駅舎のベンチに座って時間をつぶす。待っている間に初めて輪行してきた兄ちゃんを見た。気仙沼に向かうらしく、駅員さんがのんびりしている彼を慌てて誘導していた。

 

その彼の自転車は大きさから恐らくミニベロ。ただ、気になったのは輪行の袋へのしまい方。ペダル・サドルがむき出しだったからだ。電車から降りて慌てていたのもあったのだろうが、気をつけたい。

 

この日はホテルへ直行。尚、この日利用したホテルの営業部長及び社員は人間ではない。

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↑営業部長 ↓社員達  石巻ビジネスホテルはタマホテル

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最後までおばさんには心を開いてくれなかった…。

 

このホテルまでは少々距離があり、こういうときの移動や前谷地駅で時間をつぶしているときなどは、自転車があればと強く思った。

 

さて、次の日、チェックアウトを済ませると駅まで戻る。レンタサイクルを借りて市内を行く。変速なしの普通のママチャリ。サドルの高さは勝手に換えた。

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石巻駅の真正面だけは自転車専用道があったが、わずかな距離のみ。それでも坂がないので漕ぎやすい。最初の目的地は『石ノ森萬画館』。旧北上川の中州にある。駅からの距離はたいしたことはなかった。歩いてでも行ける。

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中に入ると特別展もやっていたが、一番楽しく見たのは『HOTEL』の一シーンが再現されていたコーナー。ただ、もっと『HOTEL』のコーナーがあっても良いなぁ…無理だろうけど。

 

次に向かったのは、震災遺構、門脇小学校跡地。ただ、現在ここは近づく事ができなかった。他と同様、工事の為に道がしょっちゅう変更している為だ。

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同じ地区内の有名なあの看板のところへ。

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つなぐ館 | みらいサポート石巻

今までと同じく、ここに至までの沿岸部は見事に更地になっている。背の高くなった夏草の草原の中に看板はあった。現在ここは、石巻市震災伝承スペース「つなぐ館」となっていて、小さな建物がある。

 

中に入ると、おばさん以外にも数人客が写真を見ていた。石巻の震災前のジオラマが置いてあり、眺めていると語り部の方が話しかけてきた。この地区出身であるその語り部の方から1時間以上話を聞いた。看板を作られた本人もおられた。

 

この伝承館には、全国各地から視察や研修名目で見学者がきているようだ。話を聞き、気仙沼に引き続き、暗澹たる気持ちとなった。ぜひ訪れて、ご自身の目と耳で見て、聞いていただきたい。

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この辺りはかつて「雲雀野」という湿地帯だったそうだ。震災後、初めてそういう地名であったことを知ったと語り部さんはおっしゃった。今、文字通り、ヒバリのまう地に戻ってしまっている。

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日本製紙石巻工場。

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近くの寺は、お盆参りの方達で大混雑していた。その寺の脇に日和山に向かう道があった。

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駅に戻り、レンタサイクルを返却。お昼を市役所下の学生達が運営している店でとる。そこのドーナツがおいしかった。試していただきたい。

 

ここから多賀城へ向かう。明日、フェリーに乗る為だ。とはいえ、まだ時間があったので、趣向を変えて『東北歴史博物館』へ行く。多賀城駅にもレンタサイクルはあるようだが、それよりもバスを勧められた。案内所の兄さんが丁寧にバス停まで案内してくれた。

 

博物館では『アンコールワット展』が開催されていた。その他、仙台藩ゆかりの展示物などを見て終了。そこでタクシーをお願いしたのだが、話してみたら、やはりというかなんというか…。

 

東塩釜で工場を営んでいたが、震災で一切合切を失い、タクシー運転手に転職したという方だった。塩竈多賀城も甚大な被害があった場所。

 

「生きていかないといけないんでねぇ。」

 

その通り、その通りである。ホテルへ行く道すがら、多賀城市内の史跡と震災の様子とを話してくれた。

 

この日利用したのはここ。フェリー乗り場に近いという理由で選んだ。ここはもうほぼ仙台市だ。

近くにはアウトレットもあった。歩いてそれらの店には行ったが…。自転車が欲しかった。ちなみに、こんなに広くて涼しくていい道なのだが、チャリダーは全く見かけなかった。

 

本日はここまで。

丁寧にお読みいただき、ありがとうございました。